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zoom RSS 知られざるプロセス連載〜第2章 「競技スキーにハマる!」-3

<<   作成日時 : 2018/12/28 11:26   >>

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短大時代のスキークラブのメンバーと共に、全道大学選手権大会に挑んだ!楽しい時期でした。
後ろの列、左から2番目のグリーンと白のウエアーを着てピースサインを出しているのが私です。
前列左から1番目の紫のウエアーを着ているのが、当時監督だったMiya先生です。

競技スキーにハマる! NO.3

冬になるとスキーの練習場所は東海大学(札幌)の裏山にスキー場があり、そこにポールを立てて練習をした。リフトは無いが、プライベートゲレンデで、好きなように練習が出来た。大学が所有する土地だった。

 山まで持っているのかー?凄いなあ!と思った。
ただコースの長さが短く大回転だと、あっという間に終わってしまうので、回転系の練習が多かった。

 タイムレースをすると、ライバルのYさんと私は、どっこい、どっこいのタイムだった。私は回転種目で全道高校スキー選手権に出られるようなった。上位のクラスには入れなかったが、このアルペン種目が大好きだった。

 高校三年生の時に、今後の進路を考えなければならなかった。この時に初めてプロスキーヤーになりたいと本気で思った。しかし技術も根性もまだまだだと自分で分析して、もう少し修行しようと思い何か手に職があればプロになった時に夏の仕事として食いつなぐ事が可能だと思った。

 手に職とは、何が良いのか?悪い頭で考えた。土方の親分は、どうだろうか?手っ取り早いと思った。土方の親分とは、穴を掘ったり重いものを持ったりする人を指示する現場監督のことを言う。
 
 その為には、土木の勉強をしてからでもプロスキーヤーになることは遅く無いと思った。そうして、短大で二年間だけ土木の勉強をする事に決めた。

 北海道産業短期大学の土木課に入る事が決まった。この時から私は結構慎重派だった。
 1972年4月高校を卒業して大学へと進学した。大学でもスキー部に入るぞ!と決めていたが、なんとスキー部が無かったのです。 エッ! なぜ? という思いだった。

 北海道なのに、どうしてスキー部が無いのだ。と思ったが、スキー部が無かった事は紛れも無く本当だった。
 この大学に無いのであれば、作ったらいいのでは?と単純に思った。

  この学校は、なぜか? 格闘技が盛んで、空手部・柔道部・ボクシング部などが幅を利かせていた。空手部に入らないか?と達の悪い部員が迫るが、きっぱりと断った。
 よし!スキー部を、作るのだ。と決意した。

 まず部員を集めた。同じ定山渓出身のSさんで、まず身内から誘致した。とにかくクラブを作る上で部員の数が必要だった。小樽から女性スキーヤーOさん。同じ高校から来たSさん。その他3名で私を入れて、全員で7名。クラブとして成立するギリギリの7名の部員を確保した。第一段階クリアーだ。

 次ぎは監督が決まらなければ、スキー部は成立しない。ある先生がOKを出したら、作れると言う情報の元その先生にお願いして監督の承諾を得なければ成らない。果たして引き受けてくれるのか?全く分から無いが、土下座してでもお願いしなければと言う覚悟で向かった。

 体育館で体育の指導をしていると言うことが分かり、突然の訪問を強行する事にした。行き当たりバッタリの作戦でお願いする事にした。

 「突然ですが・・・」と訪ねた。「M先生ですか?」と言うと、キツイ鋭い目でこちらを向いた。「俺だ!」と、ぶっきらぼうに答えた。
 先生とは思われない風貌だった。何か獲物でも狙うような殺気があった。今にでも鋭い拳が飛んで来そうな空気だ。「実は・・・」と切り出した。「スキークラブ作りたくて、ぜひ監督として引き受けて頂きたいのですが・・・」とM先生の鋭い目を見て話したら、「イイ目している。ボクシングやらないか?」と、唐突に行った。

 ハッ!エッ!と、一瞬何と言われたのか?疑った。「イエ、イエ、私はスキークラブを作りたくてお願いしに来ました。」とハッキリと言った。付け加えて、「スキー部に監督がいなければ、学校の名前では出場することは出来ないのです。

 全道大学選手権にも出たいのです。」と力強くギッと睨んで言った。「認証すれば良いんだろう。但しボクシング部と掛け持ちになるので、そんなに監督として現場に行くことは出来ないぞ!」と言ったので、「もうー名前だけで、も十分です。」と言ったら、よし分かった。と一言。即決した。よし、これでクラブ誕生だ。心の中で、噛みしめるように喜んだ。

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北海道南地区予選大会(国体予選になります。)に出場していました。
場所は、小樽天狗山スキー場でのスタートの瞬間です。

競技スキーに、どっぷりハマりました。
18歳、この時こそ無心にスキーだけに打ち込んでいられた時期でしたね!

 こうして大学に、スキークラブを作ってしまいました。学業と競技スキーの生活が始まりました。
道内はスキーヤーレベルが高く、大学生でも上位入賞することは難しかったが、10位前後になったこともあった。勝ち負けではなくスキーがとにかく大好きだった。

 スキーとは別に、学生生活をエンジョイもしていた。旅行が大好きだった。高校の時の友達と奄美大島を目指して旅に出ることになった。その旅行資金を貯めるべくアルバイトをする事にした。父の紹介で小さな土木建築会社のドカチンアルバイトをする事になった。


つづく〜






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