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zoom RSS 「挫折とリベンジ」最終回。

<<   作成日時 : 2019/05/17 09:56   >>

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22歳の時にリベンジで挑戦した事が、私の冒険スキー人生で大きく左右する事になりました。 場所は、当時「フジノスキー場」という名でした。 黄色いウエアーを着ているのが私です。

下記、本文です。

そして、私は本気でハンググライダー修行に行きました。

北海道で唯一のハンググライダースクールと販売をやっていた「北海道ハンググライダーサービス」の門をただき、「北海道セーリングクラブ」で教えて頂く事になったのです。

ハンググライダーの基本、風の読み方から組み立て方などを事細かく教えて頂き、数ヶ月後には無事に飛べるようになっていました。

数回の練習フライトを重ねて、あるチャレンジを計画しました。 それは家からも近く、いつも滑っていたスキー場の山の上から飛んで見たい。 という夢でした。

今度は、無謀では無い。入念な準備と訓練を重ねてのビッグチャレンジ計画です。

怪我と恐怖を克服してのチャレンジに回りのみんなも応援してくれましたが、家族には大変な迷惑をかけたので絶対に失敗は許されないと思った。

標高634メートルからのスタートは、急な斜面なので標高差がかなりあるように感じた。

私は深呼吸をして一気に走り出して急な地面から離れて直ぐに飛んだ。
天気は晴れで遠くの山々が輝いて見えた。
左に旋回してゴール地点を目指した。
標高差約500メートルの豪快なフライトでした。

住宅街の家が沢山見えました。
さらに旋回して高度を落としながらゴール地点へ向かい、無事に着陸をさせました。

怪我もトラブルも、ありませんでした。 1分48秒のビッグフライトが、無事に終わりました。
ゴールポイントにみんなが駆け寄り、おめでとうーと握手を求めた。
重くのし掛かっていた私の体は、軽くなって体ごと飛んで行けそうな開放感状態でした。

家族にとってはハラハラドキドキの心境だったのに違いない。
父は見に来ていましたが、母は来ていませんでした。

母は、まともに私の飛んでいる姿を見られないでしょう。 私が病院で苦しい姿を見ていましたので、家で待っていると言って来ません。

この挑戦は、私にとって大きな自信と今後の人生を歩いて行く上で精神の支えになりました。
やっと地獄から天国への階段を登り詰めたような気持ちになっていました。

あのまま失敗で終わっていたら、今の自分はありえないと思っています。
このリベンジは、ある意味で私を大きく変えたチャレンジでもありました。

挫折から這い上がり、あの空から落ちて星を見た恐ろしい恐怖の悪夢を乗り超えて、前に一歩踏み出す為に挑んだのです。

もしトラウマ状態を引きずっていたら、冒険家にはなっていなかったであろうー。 そうは言っても母が一番心配していたに違いないし、私は親不孝には変わりはなかった。

こうして、人生最初の命を賭けた挑戦は、無事に終えたのです。
今回は、第4章の最終回です。

次回からは、「第5章 プロフェショナルの道」が、始まります。


つづく〜






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