知られざるプロセス 第7章−2

 第7章 スポーツ店を作っちゃったの巻。

 約1ヶ月半の突貫工事で、お店は無事に出来上がりました。

 店の名前は、海外スキー遠征で行った際にNEVE(ネーベ)と言う呼び名が気に入り、その名前にしました。

 イタリア語で「スポーツブティックNEVE(ネーベ)」と名付けました。


 広さは約5坪で物置(木造)のように使われていたところです。一番気に入ったのは、屋根裏があり事務所としても使えるところでした。そして家賃が2万円で、当時でも格安でした。それを父や仲間が手伝って全面改装しました。


 難しくて大事なところは、プロの大工さんにお願いしたが、まさに僕と仲間による手作りのお店です。

 「ブティック」と言う名なので、オシャレな外観にしようと明るいブルー色のネオンサインで「NEVE」という看板をお店の前面に取り付けました。 夜はこのブルーネオンが輝き、一見小さなカウンターバーのような雰囲気がありました。

 オープニングのメイン商品は、スキー・ウェアなどのスキー用品はもちろんですが特に目玉商品は私がイタリアに行った時に友人ジャンカルロさんに協力して頂き、地元の街「ビエラ」にあるフィラー本社にある直営店で商品を安く買って来た商品です。


ジャンさんは糸工場の工場長で、フィラーとも関係があるという。またジャンさん知り合いのスポーツショップに行ってそこでTのマーク・タッキーニウエアーとか、イタリアブランドを20%引きで買い込んだ商品を直輸入してオープニングの目玉商品にしました。

 日本には輸入されていないものを販売しました。あの当時では、大変珍しかったです。


 このアイディアが功を奏しオープニングは、かなりの売り上げがありました。問屋任せではなく、どこにも売っていない商品を仕入れて売るという商売が好きでした。


 そもそもお店をやろうと思ったのは、自分のプロスキーヤー事務所が欲しかったからです。

 スキースクールをやるにしても、人が集まることのできる場所が必要でした。だったら事務所を兼ねたショップを作ろうと考えました。

 外国のスキーウェアーを直輸入販売するかたわら、オリジナル商品も積極的に開発しました。例えば、パッと入りのスキー用トレーナーと「ネーベ」のロゴが入ったオリジナルTシャツなどを販売しました。結構これがバカ売れしました。


 また夏のオフシーズンには、テニス用品なども置いてみました。

 テニス用品を売るにはテニスクラブを作れば良いのでは? と言う知人のアドバイスもあり、早速にクラブを作りました。だがどうも自分がやらないこともあり力があまり入らず、期待していたほどの売上は無く辞めてしまいました。

これは自分が悪く、テニスというスポーツにのめり込まなかったからでした。もっとどっぷりと入っていたら成功していただろうと思います。

これは、残念でした。



つづく〜




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