八章 ロックスキー(NO.3)

Mt_YOTEI_8.jpg

「知られざるプロセス」

写真:羊蹄山のお鉢(火口跡)

 第八章 ロックスキー -3

 ここからは、冒険の道を切り開く第一歩を踏み出す為に挑戦をするしか無いと思いました。

 その山を選んだのが、北海道のシンボル的な山で誰もが知っている山「羊蹄山」でした。

 挑む前にサポートスタッフがいるということで、「北海道新聞社」にロックスキーで羊蹄山に挑む! という取材記事が出ることになったのです。取材に来た記者にお願いしてスタッフ募集という記事を、図々しく付け加えてもらったのです。それが出てから5日目ぐらい経ってから、お店の方に私で良かったらサポートしたいという男が、一人現れたのです。

 その男Kanaさんは、すぐにサポートスタッフとして決まった。

 彼の顔は山から降りて来た仙人のような凄く変わった風貌でした。 ただ一つ言えることは、冒険のような過酷な環境でも文句は言わないだろうーと確信しました。 それは、自然に持っている対応性と彼の心の奥に潜む強い精神があると思ったからです。

 これでカメラマンのSさんと登山や全体サポートのKさんと私の3人と、何か事故が起きた時に対応する父が参加することになって全員で4名の「羊蹄山ロックスキーチャレンジチーム」が出来上がりました。


 1981年8月末、滑るべく目的で羊蹄山へ多くの荷物を持って登り山小屋にて待機する。

 その時に密着取材でSTV(札幌放送)と後から登って来たのは、HBC(北海道放送)だった。2社のマスコミも追いかけて来て、こんな山にまで登って来ました。 問題は滑る予定日に、台風がやって来て山は大荒れになってしまい山小屋で待機するしかなかったのです。

 予定していた取材期間を過ぎて、台風による取材待機に耐えられ無くなったSTVは、やむなく取材途中で山を降りてしまった。

 残念ながら本番チャレンジの取材は、出来なかったです。

 残ったHBCさんが、最後まで取材することになりました。

 当時、山小屋でお世話になったニセコ在住のIshiさんは、私達を気に掛けてくれて色々とお世話をしてくれました。サポートスタッフのKさんとは、意気投合して酒を酌み交わす仲になり事がスムーズに流れました。この二人の風貌は、共に仙人もどきで息がバッチリ合ったようです。

 台風期間中は、はっきり言ってどこにも出られない状況で山小屋の中に閉じこもっているしかありませんでした。


成功した時の夜に食べようと持って行ったジンギスカンの肉を食べることにしました。しかし滞在期間が長く成り、気温も上がり肉は少し悪くなっていて酸っぱい味がしましたけど、私たちは気にもせず「がっちり焼けば、大丈夫だー」とガツガツと食べて酒を飲み交わして何気ない話をして笑いました。

 やっぱり北海道人は、ジンギスカンでしょうー。これを食べないと始まりません。

 子供の頃から親しんで食べている羊肉のジンギスカンです。 毎年、桜の時期なると円山公園でジンギスカンパーティーをする為に、肉や用具を勝手に持ち込み家族や友人を囲んで盛大に行われています。バーベーキューでは無くてジンギスカンは、アウトドアーの定番でもあるのです。


 台風が去った後も、強風と濃いガスで頂上付近は真っ白の世界です。

 3日目に、やっとビッグチャンスが訪れました。

 早朝ガスは掛かっていたが、晴れて来るという天気予報でした。

 よし! 挑戦は今日だと確信した。ピーント張り詰めた緊張感が走りました。

 私は、山小屋で滑降チャレンジの準備に入りました。スタッフも同時に準備に入った。

 テレビ取材チームも、忙しくカメラやレンズや三脚などを整理し始めました。

 少し晴れて来たので、行けるという確信のもとに私たちは山小屋を後にしました。

 行く道中は、まだ所々にガスが掛かり見えないところもありました。地盤も雨水で柔らかくなっていました。

 羊蹄山には、火口があり山小屋から少し登り火口(父釜)の周りを半分ぐらい歩いたところがスタート地点です。


 スタートポイントに着いたが、ガスがまだ掛かっていてスタートは出来ない状況だった。

 晴れるまで、待つしかありません。2時間ぐらい経つと下界が見えるようになり、どんどん晴れて来ました。これは行けるかも! と思いました。

 HBCの取材チームも、忙しく本番準備に入りました。

 私もスキーブーツの履く準備をしました。

 スタート地点に、スキー用具全てを並べました。地盤はまだ湿っているのですが、時間が経つにつれてみるみるうちに乾いて行くのが分かります。土から乾く水蒸気の湯気のように湧き上がっていました。

 ヘルメットや膝パットなどの防具も身に付けて、いつスタートしても良い状態になっていた。

 後は、スタートの瞬間を待つだけです。

 雲も出ていたが、青空の方が多い天候に変わっていた。よし行くぞ! とスタッフに声をかけてスタート地点に立ちました。眼下に広がる景色は、所々の雲海の間に「京極町」の街並みが見えます。 しかし今自分が滑ろうとする目の前の斜面は、崖に見えます。

 岩肌が見えて40度ぐらいの急な斜面は、崖でしかない。

 スタッフのKは、同じスタート地点で私を見守る。撮影担当のSさんは、斜面の60メートルぐらい下でカメラを構えている。HBCテレビクルーも、下で三脚を立てて本格的なテレビカメラを備えてレンズを構えた。

 私は、視線を感じた。初めての感覚だった。

 Kのスタートの声が、ついに始まった。

 10秒前、全員の緊張が走った。5秒前、4、3、2、1、スタート!


 * 次回PR 〜日本初のロックスキーの冒険は、蝦夷富士「羊蹄山」でした。
待ちに待ったスタートは、切って落とされました。 さあ〜どうなるロックスキーチャレンジ
次回は、八章の最終回です。 お楽しみ〜。


つづく〜




0

この記事へのコメント